「産業構造ビジョン2010」公表 直嶋正行経済産業大臣メッセージ

6月3日に、経済産業省が取りまとめた「産業構造ビジョン2010」が公表されました。その中より、直嶋正行経済産業大臣のメッセージを掲載します。

我が国経済は、一昨年のリーマンショックに端を発した経済・金融危機から、立ち直りつつある、という声もあります。しかし、国民の皆様の暮らしや生活の「閉塞感」は何ら改善していない、むしろ、将来に向けて、新たな光が見えない、というのが実ではないでしょうか。私は、この背景に、「日本は将来何で稼ぎ、何で雇用していくのか」が見えていない、ということがあるように思います。

これまで、「日本は高度なものづくりでやっていけるんだ」、「いやいや、ものづくりは古い。金融とIT で食べていくんだ」、「これからは内需だ」「いやいや、これからは、成長するアジア市場に出て行くんだ」、「それじゃ、企業はみんな海外にいってしまうじゃないか」と、様々な議論がでています。これに併せて、根拠のない日本礼賛論、何も生み出さない悲観論、実態から乖離した観念論が飛びかっています。

どれも、真実の一面をとらえているのでしょうが、日本の産業の将来像を示しているとは言えません。全体として、日本の産業の将来像を示し、それに向かって行動を起こさない限り、国民の皆様の閉塞感は払拭できないと思います。そこで、今回の「産業構造ビジョン2010 」では、徹底して、日本の産業の課題と、世界の動きを分析しました。そこで明らかになったのは、世界の企業や市場の新たな動きに取り残された、日本の官民の「行き詰まり」の現状です。この行き詰まりを打開するためには、現状分析に立脚して、政府、民間を通じて、発想の転換を行う必要があります。

徹底した現状分析から、混乱した議論に対して、いくつかの「神話と真実」が見いだせます。

例えば、日本は過剰貯蓄だから消費の比率を拡大しないといけない、という議論を良く耳にします。しかし、最近では、日本の家計の貯蓄率は、既に米国を下回り、先進国の最低水準となっています。所得を増やさないで、消費を拡大するのは持続可能ではありません。しかしながら、賃金の水準を見ると、2000年代の戦後最長の景気拡大期においても、賃金の上昇は見られません。

企業がもうけすぎているから、企業に負担させて消費者に再分配すべきだ、という議論があります。しかし、国際的に見ると、労働分配率は先進国で最高水準だというデータもあります。

いずれの事実も、「単なる再分配ではなく、全体のパイを増やし、それを所得の拡大につなげていく、という好循環を作り出さなければならない」ということを示しています。

近年、日本の産業は、付加価値拡大の多くを、自動車等の特定のグローバル製造業に依存してきたのは事実です。しかしながら、実は日本の輸出比率は国際的には低い水準にあります。これは、特定の企業以外の多くの企業は、世界の成長市場と直接つながっていないことを示しています。グローバル製造業に極度に成長を依存している日本とドイツは、労働生産性が大きく改善しても、賃金水準はこの20 年間殆ど向上していません。これは、特定のグローバル製造業に依存した成長モデルは、新興国との賃金競争に直面して、なかなか賃金があがらないことを示唆しています。日本全体の付加価値をあげていくためには、特定のグローバル製造業以外の産業が、成長市場につながっていく必要があります。つまり、産業構造そのものの変革が必要なのです。

日本の企業については、「日本のハイテク技術は世界一。だから日本企業は強い」という議論があります。しかし、液晶でも、DVD でも、日本企業が世界を席巻していたのは最初の数年だけで、世界市場が急拡大するとともに、日本企業の世界シェアは急激に低下していっています。企業の利益率で見ても、多くの業種で、日本の企業は、同業種の世界の企業と比べて、半分以下の利益率になっています。こうした事実は、特定企業や、特定製品の問題というよりもむしろ、日本の産業に共通したビジネスモデルが、世界から取り残されていることを示唆しています。

グローバル化については、見方が分かれています。「グローバル化は国内雇用の空洞化を招く」という議論があります。「だから、外需ではなく内需依存に転換するべきだ」という議論もあります。確かに、保育園の待機児童問題など、国民の需要に供給サイドが追いついていない、潜在的内需拡大分野は、たくさんあります。内需拡大は極めて重要です。しかしながら、市場全体で見ると、市場拡大は、少子高齢化が進む我が国や他の先進国から、新興国に移行するのは明白です。成長市場から身を隠して、持続的に成長するのは困難です。日本が衰退しないためには、むしろグローバル化を積極的に進めるしかありません。

しかし、国内立地の国際競争力の低下をそのまま放置してグローバル化だけ進めれば、国内から雇用も付加価値も失われてしまいます。最近のアンケート調査によると、この数年で、アジアの中での日本に立地する魅力、すなわち立地競争力は、急激に低下しています。実際に、日本企業も外国企業も、日本国内の拠点を他のアジア諸国に移転する例が、次々と出始めています。

この、いわゆる「空洞化」を回避するためには、グローバル化を止めるのではなく、税制も、空港・港湾等の社会基盤も、国際的に魅力あるものにすることにより、付加価値や雇用を生む拠点を国内に引きつけていかなければなりません。また、人材のグローバル化はきわめて重要な課題です。教育制度など引き続き政府全体で検討すべき課題もあります。しかし、グローバル化は待ったなしです。人材も、グローバル市場で戦える即戦力の高度人材を一人でも多く育成し、あるいは呼び込まなくてはなりません。さらに、グローバル化を進める一環として、日本で付加価値や良質な雇用を生んでくれる外国企業は、積極的に呼び込んでいかなくてはならないのです。

「企業を補助するのか、労働者を支援するのか」「外国企業を支援していいのか」という国内の内向きの配分論ではないのです。グローバル化に直面して、各国政府は、国内で付加価値と良質な雇用を獲得するために、熾烈な競争を行っているのです。日本だけが内向きの議論に終始していては、衰退するしかないのです。

厳しい現実を直視した上で、なお、日本の産業には新たなチャンスがあることを忘れてはなりません。環境・エネルギー制約や少子高齢化は、日本が世界各国に比べて極めて厳しい挑戦を強いられる社会課題です。しかし、日本の技術を活かして、世界に先駆けて課題解決のビジネスモデルを示せれば、むしろ新たな国際競争力の源泉になります。

こうした数々の「転換」を実現するためには、政府はもちろんのこと、企業、産業、そこで働く方々、各々が変革に向けた行動を起こさなくてはなりません。そして、官と民の関係も、世界の動きや、社会課題解決の要請を踏まえて、新たな関係を構築していく必要があります。「産業構造ビジョン2010 」は、その具体的な処方箋を示したものです。

雇用を生み出すのは企業であり、産業です。雇用の質を高めるには、企業、産業の競争力を高めることが必要です。その先に質の高い雇用、賃金の上昇、消費の拡大という好循環が見えてきます。単に企業の利益を上げさせるために、ビジョンを提示し、政策を打つのではありません。その先にある、「国民の皆様一人一人が豊かさを実感する」という目的に向かって、閉塞感に満ちている現状と課題をしっかりと受け止め、官と民双方の、今後のあるべき姿と処方箋を、我が国全体で共有することが必要です。


これが、今回の「産業構造ビジョン2010 」です。