鈴木先生は新たな教師・教育ドラマの金字塔に成りうるか

生徒が起こした事件を解決決するという教師ドラマに、ミステリー・刑事ドラマ的形式を入れていて、視聴者に謎を推理させるように、鈴木先生はどう対処するのか、自分ならどうするかを考えさせるような作りになっていて面白い。

また、ゲーム的構造も持っていて、鈴木先生=プレイヤーで、目的は生徒全員の心の革命。その間に生徒が起こす問題=イベントが起こり、どの選択肢を選べば解決し、目的を達成できるか悩む。

人生はゲームみたいなものという点からいえば、わざわざ指摘するまでもないかもしれませんが、この作品はゲーム的な面を意図的に強調した造りになっていると思います。

ここで、このドラマのキャッチコピーになっている「正解は誰も教えくれない」について考えると、今のところドラマでは刑事ドラマよろしく、鈴木先生は正解を出し事件を解決してしまいます。これでは、キャッチコピーと矛盾するではないかということになりますが、現実そう簡単ではありません。仮に今回の件と同じ問題に直面したとき、鈴木先生と同じ対応をすれば必ず丸く収かまるかといえば、そんなことはなく、人が変われば対処の仕方も変わるはずです。いわばドラマ的ご都合主義により作品内の問題が解決したというだけで、現実は私たちがその都度考えなければいけません。そのことからすると、「正解は誰も教えてくれない」というのはドラマ内の鈴木先生の状況にも当てはまりますし、私たちにも当てはまります。

それを強く視聴者に自覚させるためにはドラマ的ご都合主義展開を壊さないといけないと思います。そうしなければ、正しい教育のあり方や一種の価値観の押し付け的側面が強い、そこらにある教師ものドラマと同じになってしまいます。

まぁキャッチコピーとあまり関係なく、まだよく判らない鈴木先生の言う心の革命が主題になる可能性もありますし、まだ1話なのになんでこんなことを書いてるんだと今更思いましたが、今後の展開を強く楽しみにしています。