「強い経済・強い財政・強い社会保障」の生みの親、神野直彦教授の話 TBSラジオ「dig」テキスト化

22日放送のTBSラジオ「dig」に、「強い経済・強い財政・強い社会保障」の生みの親であり、政府の税制調査会委員会の委員長を務めている、神野直彦教授が電話出演。神野教授の話の部分をテキスト化しました。

http://www.tbsradio.jp/dig/2010/06/post-163.html

メインテーマは、今回の参議院選挙の争点、マニフェスト景気対策、今後の道についてで、萱野稔人さん、浜矩子さんも出演しています。

(竹内)

菅総理の「強い経済・強い財政・強い社会保障」の生みの親と伺ったんですが、元々神野さんのお考えということでよろしいのでしょうか?

(神野)

そうですね。ただ、これは政府の税制調査会委員会の中で、税制改革のあり方を説明した言葉なんです。

「強い社会保障」で、国民に生活を安心させ、新しい産業や仕事にチャレンジ出来るような新しい社会福祉を作る必要があります。それを「強い財政」によって作り、「強い経済」を生み出すという好循環が出来るように、税収調達機能がきちんとした、しかも再分配効果のある租税制度を作る必要があるということなんです。

(竹内)

税制改革のあり方を示した言葉ということなんですね。

(神野)

そうです。どうしてこういう税制改革が必要なのかということについて説明した言葉です。

ただ、この言葉は元々私が10年前くらい前に書いた「二兎を追う経済学」という、経済成長と財政再建を同時に追求しなければならないという趣旨の本を書いた時に使ったものなんです。当時は、上げ潮と呼ばれる政策が闊歩していた時代で、お金持ちの減税をすれば経済が活性化して税収が上がる、税収が上がれば財政収支も均衡化すると、更にそれによってお金持ちのお金が滴り落ちて、貧しい人々も救われていくという、これをトリクルダウンと言いますが、こういう好循環が働くよという風に言われた時に、そうではないオルタナティブな道を取らないと全部失敗するという内容です。

で、実際現実に起こったのは、経済成長をしたと言われていますが、国際的に見ると非常に低いもので、しかも税収も上がらずに、税収が減少していって、歳出との差がどんどん開いていったと。「ワニの口」とよく言われるんですが、最近はもう顎が外れた状態であると。更に、トリクルダウンで貧しい人も豊かになると言っていたんですけど、民主党政権が日本は貧困があふれ出ている現実があるということをデータとして出しました。

10年前に私は、経済成長と財政再建の二兎を追う秘訣は、産業構造を変えることだと、今までの様な重厚長大の時代から、知識産業、サービス産業という時代になっているのでそちらの方に舵を切っていくことが必要で、そのために安心して新しい仕事や新しい時代作りにチャレンジが出来るようにしなければならないと主張しました。

上げ潮路線で言われていた基本的な考え方というのは、セーフティネットを厚くすると真剣に演技(サーカスの空中ブランコに例えての言)をしなくなっちゃう、モラルハザードが起きるんじゃないかという考え方だったんですね。ところが、安全のネットを外したところどうなったかと言えば、人々は落っこちたら死ぬかもしれないということで安全な演技をするようになってしまったんです。なので、安心して新しい産業構造を作れるように、ネットを強くして、一回落っこちても、もう一回チャレンジできるようにしなければなりません。これが財政再建と経済成長を両立させる道であって、「強い社会保障」のための「強い財政」があって、「強い経済」が生まれるという好循環を作り出さなければいけないということなんですね。


(萱野)

「強い社会保障」が「強い経済」を生み出すんだという話がありましたが、社会保障のあり方として、現物支給と現金支給のどちらが強い方が望ましいとお考えですか?

(神野)

これは現金支給の方から現物給付にシフトしないといけません。産業構造がソフトになっていくと、女性の社会参加が増えますから、その時にはサービス給付にして、今まで女性が家庭の中で無償労働で担ってきた福祉や養老、こうしたものを社会的に提供していかないと、格差や貧困が拡大するんです。

(萱野)

そうですね。子ども手当は現金給付の典型で、現物支給となると保育所無料化などが挙げられると思うんですけども、

(神野)

これはセットじゃないと駄目だということです。

(萱野)

神野さんのご研究の中で、社会保障の中で現金支給の割合が多い国ほど実は格差が広がっているというものがあったと思うんですが。

(神野)

これは再分配のパラドックスと言いまして、貧しい人々に限定しての現金給付ですね。ユニバーサルに出さずに、生活保護のように貧しい人に限定して現金給付をすると、かえって格差や貧困が拡大します。

(萱野)

現物支給のほうが格差を縮小させたり、セーフティネットを張るという点では効果的ということですよね。

(神野)

ユニバーサルにということが重要で、日本の保育園のようにある一定の条件の人しか利用できませんよという事では駄目ですね。いかなる所得の人でも保育園を受けられるという風にしないといけません。

(竹内)

なるほどなと思うんですが、投票する側としてはどの政党がどういう考え方をしているのかということを判断するのが難しいですよね〜。どう見たらいいんでしょう?

(神野)

いずれにしても、今は重要な転換期なので、一人一人の国民が自らの頭で考えないといけない。ガルブレイスの言葉で言えば、「指導者の政治」でなくて「人民の政治」じゃないと駄目なんですね。「指導者の政治」ですと、スポーツ観戦をするかのように政治を見てしまって、興味が勝つか負けるかになってしまうんです。
一人一人が考えないとどうしてまずいのかというと、結果責任は全て国民にかかってくるんです。

(神保)

今回、菅総理民主党が出している「強い経済・強い財政・強い社会保障」は、先生のお考えの通りのメッセージがきちんと出ていると思われていますか?

(神野)

ともするとジグソーパズルの一つ一つの小片だけを気にして、政策の全体像、有機的に関連付けてどういう図柄が出来上がるのかということを忘れがちにする傾向が日本ではあるんですね。これはどこの政党となしに。そこがやっぱり問題かなと思います。

(神保)

この場合のビッグピクチャーはどういうものになるんでしょうか?

(神野)

基本的には先ほど言いました、新しい時代を私達一人一人が作っていくという方向性がきちっと出ているということを見届けるということですね。